ギャンブル人生に明日はない1⃣(なぜパチンコにはまるのか?)

パチンコ編
スポンサーリンク

ごあいさつ

✿こんにちは、昭 平令(ショーピンレイ)です。
ここでは、自身の経験を踏まえて、ギャンブル(パチンコ、競馬、
カジノなど)について提言、苦言を綴っていきたいと思います。
今、ギャンブル依存症、パチンコ依存症でお悩みの方に、少しでも
お役に立てれば幸いです。✿


ギャンブル人生の始まり

f:id:ksanhonsan:20190512192141j:plain

はじめに初めにお断りしておきます。
私もギャンブルが好きでしたし、今でも時々しています。

そんな私が、ここでギャンブルを批判する資格などないと
おっしゃるのはごもっともです。

ただ、今まで「もうやめよう、もうやめよう。」と繰り返し繰り返し
誓いながら、抜け出せなかった自分の姿をご覧いただいて、同じ
悩みをお持ちの方に少しでも共鳴していただき、できるだけ早く
その暗い状況から立ち直ってもらえればという思いから、敢えて
ここでギャンブルについて語っていこうと決意しました。

またここで、自身の過去をさらけ出すことで、未だ完全に抜けきって
いない自身の病気を完全に治療出来ればとも考えております。

パチンコ依存生活の始まり

私がパチンコに出会ったのは、今から30年以上前、大学の受験
に失敗し、浪人生活を送ることとなってからです。

f:id:ksanhonsan:20190512192250p:plain
はじめは実家を離れ、一人でアパート暮らしができる事だけでとても
うきうきした毎日でした。その内予備校が終わって5時頃電車で帰り
アパートでまた勉強するという生活に、段々と退屈さを覚え始めました。

ある日予備校の帰り道、駅前にあるキラキラした電飾と賑やかな音に
惹かれ、フラフラっと入ったのがパチンコ屋でした。

全く知らなかった訳ではないので、時間つぶしにと思い打ち始めました。
するとよくあるビギナーズラックですねぇ、2時間で4千円ほど
勝ちました。

その当時の4千円は浪人にとって大きなお金です。

これはいいもの見つけた!

暇つぶしと、一人暮らしの寂しさもまぎらわせるし、小遣いも増える。

それからは、ほとんど毎日のように予備校帰りにパチンコ屋に寄る
のが日課のようになりました。浪人生で仕送りをしてもらってる
身の上ですから、毎月の小遣いも1~2万円ていどです。

このころはまだ、その小遣いの範囲内で遊んでました。もちろん
いつも勝てるわけありません、月の初め頃になくなれば後は
仕方なくアパートへ帰ってました。


大学生活と言えるか

それから、そんな私でも無事大学へ行ける事となり、いちよう
学園生活の始まりです。しかし大学へ入学することだけが最大の
目標だったため、いざ大学生となっても何もする気が起こりませんでした

f:id:ksanhonsan:20190512192316p:plain
そこからは、ご想像のとうりパチンコ生活が続くのです。
丁度この頃、「ゼロタイガー」という羽物が出始め、その後
フィーバーの「ブラボー」や一発台に夢中になりました。

こうなると仕送りだけでは到底遊べません。

アルバイトを始めます。昼間はバイト、夕方からはパチンコ
の繰り返しです。学校など行きません。

その内夜勤で警備のアルバイトをするようになり、お昼から
バイト時間までベッタリパチンコをするようになりました。
当初は仕送りやアルバイト代がなくなると、パチンコも我慢
できましたが、その内お金がなくても

どうしても打ちたいという欲求が勝ってしまいます。

f:id:ksanhonsan:20190512192403j:plain
そこで選んだ手段が、サラ金です。

学生は保証人が親ですから、比較的簡単に借り入れで来ました。
サラ金業者にすれば取りっぱぐれのない、いいお客さんです。

はじめは、2~3万円程度でしたので、すぐに返せると気楽に
考えていましたが、そのうち金額も大きくなり、複数のサラ金
業者を転々とするようになり、総額100万円くらいの借金に
なりました。

f:id:ksanhonsan:20190512192420p:plain
この間パチンコに負けるたびに、もうやめよう、明日から絶対
行かない。と何度繰り返したことか。情けない自分を何度も
何度も責めていました。


いちよう会社員

このままでは、到底生活できなくなると思い、大学を辞め
就職することにしたのです。

当時はバブルの真っただ中で日本全体に景気もよく、私の給料
もそこそこありました。就職してしばらく(半年くらい)は
パチンコと遠ざかることができました。

しかし、仕事にも慣れ、少なくなったサラ金の借金に油断が
芽生えたのです。

会社が終わると再びパチンコに通うようになりました。
さらに悪いことに、会社の付き合いでお酒を飲むことを覚え
フラフラと飲み歩くようになりました。

その時の給料では、パチンコと飲み代をカバーできません。
再びサラ金に走りました。支払いが間に合わない時は何度も
両親に泣きついていました。

f:id:ksanhonsan:20190512192438p:plain
そんな生活が長く続くわけがありません。最後には会社を辞め
実家へと変えることとなりました。その時残った借金はすべて
両親に助けてもらいました。

振り返ってもなんて情けない人間なんだと思います


実家へ送還

実家に帰ってからは、2年程パチンコもお酒も遠ざかっていました。
しかし、少し心にも経済的にも余裕ができると、またまた虫がさわぎ
始めます。

実家に帰る時あれだけ二度とパチンコはしない、両親に迷惑は
掛けたくないと誓ったのに、自分の弱さにはほとほと呆れます。

このころから、パチンコだけでなく競馬にも手を出し始めました。
どちらかといううと競馬の方が面白くなっていました。

f:id:ksanhonsan:20190512192631j:plain
と同時にキャバクラ通いを始めたのです。

f:id:ksanhonsan:20190512192648j:plain
先が目に見えてますねぇ。

ご想像のとうり程なく家族会議が開かれ、借金はなんとか返済
できたものの、信用も財産もすべて失いました。

それからは、パチンコと飲み屋通いは何とか止めることはできて
おりますが、たまに競馬だけは少しだけやらせてもらってます。


まとめ

振り返ってみて、結局残ったのは、

借金と衰えた体だけです。

人生で一番大事な20代30代の時間の大半をパチンコに費やして
いた自分を今から悔やんでもとうてい悔みきれませんが、今
パチンコを打っている若いあなたならまだ間に合います。

私のようにならないでください。お金もですが、

失った時間はもう戻りませんよ。

今回は、私の生い立ちを交えてギャンブルについて語ってみました
が、次回も引き続き恥をさらしながら、ギャンブルを批判的に
語ってまいります。


コメント

タイトルとURLをコピーしました