ギター回顧ろっく1⃣(洋楽との出会いと、T・Rex)

スポンサーリンク
ギター回顧ろっく

『こんにちは、昭 平令です。私のブログに立ち寄って下さり

 ありがとうございます。ここでは、私の音楽(ギター)遍歴

 について、思いつくままに、書いていこうと思います。

 

 アコギに関しては、結構掘り下げた内容になってると思い

 ます。少しでも共鳴していただける方がいらっしゃれば幸いです。』


 洋楽との出会いから、Queenまで

もくじ

    1、洋楽との出会い

2、ロックへの目覚め

3、初めてのギター

4、ハードロックへ

5、クィーンに衝撃

(数字をクリックすると記事へジャンプします。)


洋楽との出会い

はるか昔、私が中学一年生のころ、

姉の部屋からどこかで聞いたことあるようなメロディーが

聞こえてきました。

 

部屋に入って「なにそれ?」と聞くと

「これ。」と言って見せられたのは、EP盤のジャケット

そこには、当時の人気俳優チャールズ・ブロンソンがカーボーイハット

をかぶり、岩場の上で遠くを見つめている姿がありました。

マンダムのCMのテーマソングです。

f:id:ksanhonsan:20190422225517p:plain

「ん~ん、マンダム」

「こんなの聞いてるの?」

「そう、他にもあるよ。」

と見せられたのが、オズモンズとカーペンターズでした。

f:id:ksanhonsan:20190422225637p:plain

オズモンズ

そう!これが私の人生を変える洋楽との出会いだったのです。

姉の部屋でそのレコードを何度も聞きました。

 

その内、自分でもEP盤を少ない小遣いはたいて買い始めました。

その頃の洋楽の情報源といえば、ラジオしかありません。

夜中にラジオを耳のそばに置いて聴きながら、歌手の名前や

タイトルを必死で覚えました。

 

そして近所のこの町に一軒しかないレコード屋さんで初めて

買ったのが、グラスルーツの「恋は二人のハーモニー」でした。

f:id:ksanhonsan:20190422225711p:plain

グラスルーツ

もちろん田舎のレコード屋さんなので予約して取り寄せてもらいます。

届くまで毎日のように店に通ってたのを覚えています。

 

それからは、二か月に一回ぐらいのペースで注文してました。

オズモンズの「クレイジーホース」

ミシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」

ショッキング・ブルーの「ヴーナス」

メッセンジャーズの「気になる女の子」

f:id:ksanhonsan:20190422225755p:plain

メッセンジャーズ

などなど、、、懐かしい~。

 

当時のレコードプレーヤーは、今のプリンターくらいの大きさで

下に小さなスピーカーが二つ付いて、カラカラした音でした。

f:id:ksanhonsan:20190422225828j:plain

こんな感じ、レコード針は文字どうり鉄の針でした。


ロックへの目覚め

中学2年生になると、当時流行りのグラムロックを聴き始めました。

特に、TREXには夢中になりました。

 

もうEP盤では我慢できなくなり、初めてLP盤(アルバム)を買いました。

「ザ・スライダー」です。

これはもう溝がなくなるくらい聞きましたねぇ。

f:id:ksanhonsan:20190423002526p:plain

T・REX「ザ・スライダー」のLPジャケット

ここまでくると、プレーヤーもおもちゃでは我慢できません。

親に散々泣きついて、やっとステレオを買ってもらいました。

f:id:ksanhonsan:20190422230002j:plain

当時は応接セットの一部でした。

この頃のステレオは、小型のタンスぐらいありました。

スピーカーが無駄にでかい木箱の様なものでした。

でも音の迫力だけはありました。

 

それからは、スレイドやデヴィッド・ボウイ、スィートなども聞いてました。


初めてのギター

その内、聞いてるだけでは物足りない、自分もマーク・ボランに

なりたい。と、どうしても、ギターが欲しくなりました。

今度は、親にせがんでも無理です。

 

よし、自分で買おう。と新聞配達をはじめたのです。

半年で4万円くらい小遣いを貯め、買ったのが、

グレコのレスポール、サンバースト。

f:id:ksanhonsan:20190422230050p:plain

憧れのレスポール

この頃、洋楽雑誌は「ミュージック・ライフ」

くらいでしたが、そこでグレコのギターを見つけ、これで

自分もマーク・ボランになれると思ったのです。

 

注文して二週間ほどで大きな段ボールが届きました。

早く中身を見たい衝動は抑えられません。

段ボール箱はぐちゃぐちゃです。

 

初めて自分で買ったそのギターを見た時の感激は、今でも

鮮明に覚えてます。

しかし、ギターのギの字も知らない私は、ただコードを見つけては

ジャラジャラ弾くばかり。まだ、アンプなど買えません。

 

やっぱり、ソロも弾けなくてはと思い、「成毛滋のギターメソッド」

を取り寄せました。

練習局にレッド・ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を」や

ヴァニラ・ファッジの「キープミーハンギンググオン」などが

有ったのを覚えてます。

 

ギターのケーブルだけ買って、ラジカセにつないで弾いてました。

もうそれからは、学校から帰るとギターばっかり。

指の先の皮が厚くなり、何度も捲れたりしてました。


ハードロックへ

少しばかりギターを弾けるようになると、マーク・ボランは

実はギターが下手なんだという事がわかり、今度はハードロックに

目覚めたのです。

 

高校一年のころには

ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、ユーライア・ヒープ

ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックス、クラプトンなど

を良く聞いてました。レコードをカセットテープに録音し

一音一音拾っていくいわゆる耳コピというものです。

 

今の人には、想像もつかないでしょうけど、ワンフレーズごとに

繰り返し繰り返しテープを巻き戻しては、音を拾ってました。

当時は、どこを探してもまともな楽譜など手に入りません。

ましてやTAB譜など夢のような話です。

 

ですから、一つのソロパートを完コピするまで一週間くらいかかって

ました。おかげで、音感はよくなってたと思いますが。

それから本当のギターの音を出したくて、それまでのラジカセから

グレードアップしステレオのマイクのジャックに差し込んで

弾いてました。

 

実はこれ、結構いい感じの音でしたよ。適度にディストーション

がかかっていて。

でも、やっぱり専用のアンプが欲しい。

 

小遣い貯めて、ローランドの30Wの小型アンプを

買いました。この頃はエフェクターもなく、ギターの原音が

そのまま出力されていただけのような音でしたけど。

 

おやじに「やかましい!」

と怒られながらボリュームを下げ、毛布を掛けたりして

毎日弾いてました。


クィーンに衝撃

その頃は、洋楽のテレビ番組などほとんどなく、たまに、深夜

民放で確か「music explotion」という番組だったと思いますが、

放映してた記憶が有ります。

 

滅多にお目にかかれない貴重な映像ですから、それこそ必死で

テレビにかじりついてました。

 

グランド・ファンク・レイルロードの「アメリカンバンド」や

ピンク・フロイドの「おせっかい」の映像は今でも覚えています。

 

洋楽の情報源はほとんどラジオでした。

この頃、中高生のほとんどは、ラジオの深夜放送を聞いてたと

思います。ヤングタウンやオールナイトニッポンなどです。

 

私も同じでしたが、FM のロック番組も良く聞きました。

そんなある日、衝撃的な曲が流れてきたのです。

 

高音のキレイなハーモニーの後に、スローテンポのヘビーな

ブルースロックのフレーズ。

何だこれは。今までに聞いたことのないようなその曲に

興奮を覚えました。

 

曲が終わると、ラジオのパーソナリティーが説明します。

クィーンの「サン・アンド・ドーター」でした。

 

休みの日一時間ほどかけて、町のレコード屋さんに走り探しましたが、

店頭では見つかりません、すぐにLPアルバム「クィーンI」を予約

して帰りました。

f:id:ksanhonsan:20190422230153p:plain

Queenのデビューアルバム

その時から、クィーン一色の毎日が始まりました。

つづく

#楽譜や楽器の購入に#

#初心者ギター講座#

コメント

タイトルとURLをコピーしました